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「貴方……誰? どうして、どこで、それを……」 それは、リズにとって忌まわしき過去の始まり。 クリスタル戦争末期、ノルバレン地方ラヴォール村――現ダボイ――の陥落。村は獣人オーク族によって占拠され、住民は皆殺しに遭った。リズのように運良く逃げ果せた者も他にいるかもしれないが、歴史の上ではそういうことになっている。 「知っていますよ。貴方が尊敬していた者の魔法によって命からがら逃げ延びたことも、その後、冒険者を名乗る胡散臭い人間の傍に身を寄せ、裏切られたことも、ね……」 喉が渇く。呼吸が激しくなる。いかにも胡散臭い人間に胡散臭いと言われた男には同情する。 「だって、そのことは」 リンクシェルの中でもリズが友人と呼べる者たちしか知らないことだ。片手指が余ってしまうぐらいの人数だ。少なくとも彼らは信に値すると感じたから話した。そんな彼らが容易く口を割るとは思えない。 だったら、 「……まさか」 いや、そんなことが有り得るのだろうか。 「おにい、ちゃん……?」 エドガーの唇がつり上がる。いやらしい類の笑みか。いや、優しい微笑みにも見えた。笑っている。いや、笑っていない。張り付いた笑みを常態とするなら、それを笑顔に数える必要もない。極端に狭まった視界の中で、正常な判断が下せなくなる。この男、一体。 「ずっと見ていましたよ。大きくなりましたね……」 彼の目に浮かんだのは、郷愁か。 一歩、足を前に踏み出せば、後は止まらなかった。懐かしい思い出がリズの足を突き動かす。元々エドガーとの距離もあまりない。その短い距離の間に、リズの中では様々な思惑が巡った。 幾多の絶望が開放された後には、一握りの希望が残されていたという箱の話を聞いたことがあるが、リズの胸の中では楽しかったばかりの記憶が溢れ、最後に残ったのは、鮮烈なる戦慄。絶望そのもの。 「――もう一度だけ、聞くわ。貴方、何者?」 一歩手前。寸前で踏み止まる。 このエドガーがお兄ちゃんであるはずがない。 ラヴォール村陥落のその日、リズにインビジの魔法を施した後、物陰から現れたオークの斧によって、胴を寸断され、息絶えたのだ。上半身と下半身、二つに分かれた彼を今でも覚えている。見たこともない量のおびただしい血によって下草を赤に染め上げ、白く、青く、冷たく、硬くなっていった身体を覚えている。口の中に溢れかえった吐瀉物の味を今でも覚えている…… 気が狂ってしまいそうなあの世界の記憶は今でも時折リズを悩ませていた。夢だったらいいなと思うたび、鮮明な自分の記憶が絶望を否定することを許さなかった。この男が、エドガーがお兄ちゃんであるはずがない。 わたしがだいすきだったおにいちゃんは、じゅうじんにころされました。 おにいちゃんは、たくさんちをながしてしにました。 わたしはわすれません。わたしはじゅうじんにフクシウします。 きっと、おにいちゃんのかたきとります―― 懐から護身用のナイフを取り出し構えたリズは、エドガーまで後一歩のところまで迫っていた。彼はどういう表情だったか、とにかく両手を挙げて敵意はないことを必死にアピールしていた。 「出来れば、穏便に話を進めたいのですが……」 「不躾に人の過去を抉り出す相手に穏便だなんて出来るわけないわね。貴方も学者でしょう。思慮が足りないんじゃない」 「ま……確かに。昔っからよく考えて行動しろと言われてましたよ。否定は出来ません」 「茶化すなッ!」 ナイフを突き出す。切っ先の数ミリがエドガーの喉、薄皮程度を裂く。薄闇に彩られたウィンダス水の区は既に人通りも少なくなり始めていたが、皆無ではない。遠目には、人目憚らず抱き合っている男女にも見えなくはないが、そんな気持ちの悪いことは全力で否定する。 「ラヴォールの話は、私自身以外には数えるほどしか知らない話よ。連中が無闇に吹聴するとは考えられない。だとしたら、貴方が乱暴な方法を用いて口を割らせたとしか考えられないんだけれどね?」 簡単にやられてくれるような者たちでないとは思うが、この底知れぬ不気味な男のことだ。何を隠し持っているか。 「そうですね。私が地獄から蘇った魔王の尖兵で、比類なき魔道士である貴女をスカウトに来た――とかなら納得していただけます?」 「本当、学者ってホラ吹きが多いわね。可愛いタルタル族なら笑って許すけれど、貴方のようなエルヴァーンのおっさんは論外よ」 「それって人種差別では」 「違うわね。好みの問題よ」 「だから、それを――」 「うるさい。それではぐらかすつもりならお粗末よ。このナイフが玩具と思っているなんてことはないと思うけれど。本当に刺すわよ。魔法詠唱しても刺すわよ。当然、不審な仕草でも刺すわよ」 「もう、若干刺さってる気がします」 「これは予行演習。次が本番。ひゅーひゅーと呼吸が漏れる様も見てみたいわね」 「出来れば、遠慮願いたいものですが……」 自業自得ですか。と、暗に自分の失言を認めるような呟きの後、両手を挙げたまま、一歩二歩後退していくエドガー。そして、彼は片手一本で自分のバックパックを前に持ってきて、がさごそと中を漁り始める。片手はなお挙げたまま。 数多の警告を無視し、なお不審な行動に出たエドガーの行動が気になったリズは警戒はそのまま、彼の手がバックパックから引き抜かれるその瞬間を固唾を呑んで見る。飛び出してくるのは、刃物か、鉄砲か。 「ありました」 馬鹿正直にタイミングを告げて、引き抜かれた彼の手の中には一冊の本が収まっていた。何のことはないありふれた茶表紙に「ババン・ナ・ウェイレアのぼうけん」と刻まれている。どう見ても、子供向けの童話絵本だ。 「なん、それ……」 若干、どころか、かなり肩をコケさせて、リズが呻いた。 「いやぁ、兄弟子がマンドラゴラ好きってのは存じておりましたので。言ったでしょう、交友を深めるって」 悪びれた様子は一切無く、絵本を差し出してくるエドガー。思わず受け取って表紙を見た瞬間、リズは腰が砕けそうになった。 「かっ……かわいい、じゃない……くッ!」 そこに描かれたマンドラゴラ――の頭のてっぺんに赤い花が咲いている絵――の可愛らしさに思わず緊張を解いてしまいそうになる。これが油断させるための作戦のひとつなら、なんと恐ろしい奴だろう。彼は、予想以上にリズのことを調べ上げてきている。 「まぁ、いいです。今日のところは。明日、ジュノに帰られる前にもう一度、ね」 何か含みのある物言いを残し、エドガーは踵を反転させてモグハウスへと帰っていった。 その夜。 昨日のような大敗を恐れてか、吟遊詩人のシヴィが捉まらなかったので、例の大衆レストランにてひとりで食事を済ませた後、酔い覚ましに再びサルタバルタへと出たリズ。今日は門の上に例の二人がいなかったので、そのまま辺りを散策することにした。 明日、ジュノに戻ってしまえば、またしばらくここへ来ることもない。リズという人間の始まりは物心付いたばかりのラヴォールからだが、冒険者としての始まりという意味ではこのサルタバルタから。世の中の無常さに絶望しながら、しかし無理矢理にでも前に進まなければと、様々な感情が複雑に入り乱れたあの時の心境に比べれば、確かに今は随分ましだと思えるようになった。考え方の相違はあるにせよ、一握りだけれど、信頼できる仲間もいる。 リンクシェルで確認を取ったが、仲間のところにエドガーなる中年エルヴァーンが訪れたことはないそうだ。だとすると、本気であの男の存在が分からなくなってくる。 「くそ……ご丁寧にこんな本までよこして」 小脇に抱えていた絵本「ババン・ナ・ウェイレアのぼうけん」を開く。 あれから調べたところ、クリスタル戦争時に描かれた物語のようだった。酒を飲みながら興味半分でぱらぱらめくっていたが、もはや、物語としてのていも成していない。都に住む王子様と結婚して二株の子供を授かるのが夢というウェイレアが仲間を引き連れて、植物の都ネザーストークを目指して旅立つという筋書きなのだが、その壮大な冒険譚かと思いきや、序章でいきなり全滅という突拍子もない、起承転結をまるで無視した話の作りだった。もちろんその続きはなく、そこで完結らしい。 目を引いたのは、ウェイレアというマンドラゴラ――その時代では、リポコディウムと呼ばれたらしい――だけ。表紙にウェイレアの挿絵が無ければ、投げ飛ばしていただろう。 「……ほう。珍しいものを持っているではないか」 にゅっと。 前触れも無く草原の木陰から現れた男がいた。男というか、男には違いないのだが、ヤグードだ。 「な、なによ。びっくりさせないでよ!」 ズー・ブシュ・ザ・サイレントだった。手には草刈鎌を持っている。何かを収穫をしている最中だったのかもしれないが、もうこいつに対しては何を言うつもりもない。先日、エプロンと衛生帽子をかぶって、街を歩いているところも目撃したがそっとしておいた。 リズから引っ手繰るようにその本を取って、ぱらぱらと流し読みしたズー・ブシュはこれぞ真理と言わんばかりに感慨深そうに頷いた。 「うむ……世の無常さを説いたお手本のような物語だな。世の中、願えば、祈れば、全てが可能になると勘違いする妄想家が多いのは、人間社会に低俗な本が増えたからではないのか」 「まぁ、一概に否定は出来ないけれど。そんな妄想の中でも、人間とヤグードの愛なんて最たるものよね」 リザード族の邪視を喰らったように固まるズー・ブシュの手から絵本を奪い返し、嘆息する。いつもと言えば、彼らは全力で否定するだろうが、割と一緒に居るところをよく見かけるセルリアンは、今は一緒ではないらしい。 「色男の方はどうしたの?」 聞いてみた。 「知らんな……女と食事に行くなどと言っていたが」 「それですんなり行かせたの? ライバルのリードを許すなんて珍しい」 「ふ……どのような過程を踏もうとも、最後に嘲笑できればいいのだよ。今日という目先の一時に釣られ、日々の努力を怠るような者に我らが父プロマシアは微笑まないのだ」 「男神に微笑まれても、さ……草刈鎌片手に収穫してれば、ライバルのデートを見過ごしても最後には笑えるという算段なの?」 「人間社会は世知辛いな。何をするにも金、金、金だ。物質文明からは程遠い我らヤグードの間では、計り知れぬ事象よ……」 つまり、デートする資金に困ったらしい。 「ま、丁度いいけれど」 「ほう?」 「私、あの色男苦手だし。いつもにこにこと、心の奥底では何を考えているのか分からないあの感じがね」 「ほほう。話せるではないか貴様。奴は我慢ならぬことがあるとすぐに本性をむき出しに、一国丸ごと滅ぼそうとする危険思想の持ち主なのだ」 「いや……そういう意味じゃないんだけれど。て、それ、大丈夫なの?」 話せば話すほど、このヤグードも、あの色男も、そしてシヴィも、どういうものか分からなくなってくる。口先では色々吐き捨てながらも、心のどこかでは繋がっているような。リズが最も笑いたくなる、そんな絆のようなものを感じる。 「……残念ね。貴方がシヴィにこだわらないなら、一晩お相手願いたいのに」 「残念だな。基本的に我はあの女以外の人間はどうでもいいと考えている。貴様も例外ではない」 つまり、シヴィに嫌われたくないからそうしているだけ、らしい。 一途に愛を信じる獣人と、愛など信じられない人間と。どちらがより人間に近しいのか。そんな自問が出る時点で、勝敗は決しているようなものだったが。 「はは……馬鹿馬鹿しい。つ……ッ!」 咄嗟の眩暈に、体が傾ぐ。 「どうした。これは……?」 平原の岩が嘶いたような気がした。眩暈だと思ったが、これは違う。地面そのものが揺れている。でなければ、自分とズー・ブシュが同じようにそれを感じる説明が付かない。 「く……アンタ……!」 視界の隅、平原の岩陰に、平然としているエドガーを捉える。 まさか、笑っている……? 「エドガーッ!」 次の瞬間、信じられないことが起こった。 サルタバルタの景色が色褪せて、まるで折り紙のように折りたたまれていくのだ。容易くたたまれて景色を失った向こうには、黒い、有機的な何かが蠢いていた。闇というものを無理矢理物質として表現してみると、丁度あんな感じのものが出来上がるのだろうか。 そして、その物質的な闇の受け皿として、赤茶けた大地がむき出しとなり、あっという間にそれらの風景が完成を迎える。書き換わる大地に気を取られ、空を見上げる余裕がなかったが、既にそこも星が散りばめられたサルタバルタの夜空ではなく、火山の火口のようなオブジェが逆さまに、大地に向かって不気味に伸びていた。何かの生物が大地を喰らわんと大口を開けて空にぶら下がっているかのようにも見える。 「……あンの、男……やっぱり……くそ、私としたことが!」 これだから、あんな胡散臭い優男は。 ぱたりと、意外にも行儀よくズー・ブシュが気を失ったのを見て、リズもまたあっさりと吸い上げられるように意識を手放すこととなった。 いつか、どこか。ここではない世界において―― 空から大地へ口を伸ばすそれを、時を喰らう神獣「アトモス」と呼ぶものもいたが、既に渦中であるリズやズー・ブシュにとってはさほど役に立たない知識であり、また、これから始まる苦難を考慮すれば、頭の片隅にさえ残しておくほどの余裕がないものであるのも事実だった。 ------------------------------------------------------------------------ 前回「サザエさん方式」について触れましたが―― なんだね。この「とこしえのはなよめ」1話から明らかに、時代考証的におかしいところがありました。うへへ。 ま、いいや……思えば、ヴァナの中は最初っからサザエさんじゃないか。 さて、アトモスです。 紛れもなく、この「とこしえのはなよめ」はアルタナ編です。 ばな滞在記の最後、時間旅行についてのくだらないこだわりについて語りました。タブーです。自分で書いたプロットざっと眺めても、この先、自分的にありえない展開が待ってます。 ですが、これもエンターテイメントなのです。頑張ります。 リズの過去については、しびのFF11小説番外編「After that day "Case, Liz"」を。 絵本とした「ババン・ナ・ウェイレアのぼうけん」については、ゲーム中のアルタナクエストを。 それぞれ追体験していただけると、なお一層よいと思われます。 特にウェイレアのクエストは秀逸です。数あるFF11クエストの中で一番好き。 → Next.4 少女の面影 |
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セルライト&ダイエット録 2010/01/20 05:12 |
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