0018:FF11小説『とこしえのはなよめ』 2.歴史に葬られた者たち

「――よくぞ来た、我が嫁候補よッ!」
 翌日のことだ。
 目の院の奥、目的の部屋の扉をくぐった瞬間、待ち伏せでもしていたかのようにその男は言った。
 可愛いもの好き、タルタル好きのリズにとって、ウィンダスという国は基本的に地上に残された最後の楽園のような世界なのだが、何事にも例外が存在するように、リズが受け入れ難いという一面を有しているのも確かである。
 例えば、自分の師匠であるこのタルタル族のように。
「お久しぶりですね、師匠」
 よくぞ来たとふんぞり返った台詞の割には床に寝そべって、リズのローブの中を覗く気満々だったタルタル族の師匠の顔面を踏み付けて、部屋の中に押し入る。
「相変わらず奥さんとは上手くいってないようですね」
「むう。何を荒唐無稽な。愚かな一般庶民であればともかく、我々のような識者がそのような根拠に乏しいことを軽々しく口にするものではないぞ。軽率な言葉は己の品位を容易く下落させ、信用の失墜に繋がる。既に分かっているとは思うが――」
「弟子のローブの中を堂々と覗こうとすることが品位下落と信用失墜に繋がらないとは学術的新発見ですね。あと、師匠の立場を利用して、妻子持ちのくせに教え子に結婚を迫るとか」
 そう、この男。調理ギルドの主席を嫁に貰い、二人の子供までいる。
 幼少の頃に会ったきりだが、確か上がハイラルライルという男の子。下がルルナナという女の子だったはずだ。
「それはさておき――」
(逃げた)
 リズが師匠と呼ぶその男、召喚士マカイロカは頬にリズのローファーの足跡をくっきりと刻みながら、すっくと起き上がってきた。
「それはさておきは、こちらの台詞です。師匠」
 リズはむんずとマカイロカの胸倉を掴み上げ、力の限り上下に揺さぶる。
「今更、この私が黒魔法講義概論の補習とかなんなんですかねッ!」
 ここ数年、連絡が途絶え、行方不明と聞いていたのに、突然ひょっこり戻ってきたかと思えば、補習するからウィンダスまで来いなどと。
「落ち着きたまえ、リズ君。補習は口実なのだよ。何も私は君のローブの中を覗くためだけに、遠方から呼び付けたのではない」
「それも目的の一貫かッ!」
 べちん、と、マカイロカを床に叩きつける。顔面から着弾したタルタル族は多少顔を赤くしながらも、平然と起き上がってきて、
「うむ、当然一貫ではあるが」
 肯定した。
 頭のそこかしこが痛むリズではあったが、昨晩思ったように欲望を変に隠さないこの師匠は憎み切れない。だからといって、師匠の望みを叶えてやるのとは話が別だが、このどうしようもないタルタル族のおっさんを見限らない彼女の思いはその辺りにある。
「実はだな。我々の秘儀ともいえるグリモアの存在がとうとう明るみに出てしまった」
「は……?」
 間の抜けた空気がリズの掠れた声を伴って外に出た。
 リズは対外的に黒魔道士を名乗っている。しかし、彼女には仲間の誰にも明かしていない秘密があった。それが戦術魔道書、またの名を魔道大典グリモアの使い手であること。
 クリスタル戦争時、人間側に軍学者と呼ばれる者たちがいた。軍学とは、戦争に勝利するために用兵や戦術について研究する学問のことで、中には古の戦術魔道書グリモアを解析し、大胆に魔法を戦術に取り入れた最新の戦術体系を誇る流派もあったようだ。
 グリモアは魔道書であり、戦術書。軍学者にとっては、頭脳と知識、そしてこの書が武器だった。魔法の二大体系白魔法と黒魔法は本来水と油であり、同時には扱えないもの。だが、当時から軍学者は魔法を理論として学び、その垣根を取り払うことが出来た。
 つまり、リズも師匠マカイロカも黒魔道士や召喚士を名乗ってはいるものの、本職は戦後、歴史の中に埋もれていった学者ということになる。その歴史的背景から、グリモアが今の世に知られること自体、とんでもなくリスクが高いことだというのに、
「そんな。一体どこで」
「近東の国アトルガンでグリモアをひけらかした愚か者がいるのだ。嘆かわしいことだよ」
「誰がそんなことを」
「紛れもなく、君の目の前にいるこの私なのだが」
 と――
 リズは時間が止まったような、もしくは、全身の細胞が一斉に活動を止めたような、不思議な感覚に襲われた。そこから復帰までに約五秒。再びマカイロカを視界に収めるのに約五秒。じっくり睨み付けて、師匠の勘違いした微笑みを引き出すのに約五秒……
 たっぷりと時間を掛けた後、リズはもう一度、マカイロカの胸倉を掴み上げた。今度は両手で交差して締め上げるおまけ付きで。
「ごめんなさい、師匠。仰ってる意味がよく分かりません」
「し、仕方がなかったのだよ、リズ君。私もあちらの大陸で色々とあってね。不必要なまでに怒りを買ってしまった息子の嫁候補の獣人的な子を退けるためとか、人間の命を塵ほどにも考えていない壊滅的な力を持つ黒騎士的な神を退けるためとか、自伝として発刊すれば大ヒット御礼間違いなしの一大冒険ロマンがあったのだ! 私はそこで英雄となった感じで、全てを解決に導くためにグリモアを――」
「古今東西、様々な物語で英雄と呼ばれた者たちのほとんどはその後、不本意かつ非業の死を遂げているといっても過言ではないですね。確か」
「待ちたまえ。そんな話は聞いたことがない」
「そうですか? 近東の大陸で息子さんの嫁候補や神様と戦ったというホラ吹きの英雄が、ウィンダスの片隅で無残にも墜落死していたという話なら知ってますけれどッ!」
 べちん、と、再びマカイロカを床に叩きつける。さっきよりはやや時間が掛かったが、顔面から着弾したタルタル族は多少顔を赤くしながら、平然と起き上がってきた。もう、何やら納得の行かないものがある。
「はっはっは。賑やかでいいですねぇ」
 突如、男の声が滑り込んできた。
 話の展開上、グリモアのことを聞かれたのではないかと、ぎょっとしながら振り返るリズとは対照的に、マカイロカは平然とその男の名前らしき単語を口にした。
「エドガー君」
「すみません。少し所用が長引いて遅くなりました」
「誰……?」
 一瞥するリズに、苦笑を浮かべるエドガー。
 長身痩躯のエルヴァーン族だった。帯剣はしているものの、その装備はマントにチュニックと軽装で、赤魔道士のように見える。少し長めの銀糸のような髪と人当たりの良さそうな笑顔が第一印象だが、リズに言わせると非常に胡散臭い。年はどうか。少なくとも、三十代後半には見える。到底、若者とは呼べない頃であることは間違いない。
「まぁ、グリモアの存在が露見して、悪いことばかりではないのだ。彼はエドガー。見ての通り、赤魔道士ではあるのだが、彼もまた我々と同じ学者――つまり、我らの同志なのだよ」
「よろしく。えぇと……」
「リズよ」
 必要以上に無愛想になってしまったのは、どうしてだろう。
「なるほど。リズ先輩」
「こわっ!」
「何がですか」
「貴方のほうがずっとずっと年上でしょ。先輩とか言われると、背筋凍るんだけど」
「うむ。しかしリズ君は兄弟子ということになるな。そこは致し方あるまい」
「え」
 もう一度、間の抜けた時間が過ぎる。
「ええぇーッ!」


 目の院を後にする。
 結局のところ、マカイロカの呼び出しは、にわかにグリモアが知れ渡ってしまったから注意しろというのと、新たにエドガーという中年エルヴァーンを弟子に取ったから顔合わせに、ということだったらしい。
(つまんな……わざわざジュノから足を運んだのに、それだけ?)
 ぴたりと足を止めて、振り返るリズ。それに合わせて、ちょうど五歩後ろ。彼もまたぴたりと足を止めて、不思議そうな顔を浮かべた。
「――で、どうして私に付いて来る訳?」
「おや、これは失礼。兄弟子と親交を深めようと思ったのですが……」
 しれっと、エドガー。
 顔に張り付いている軽薄な笑みが癪に触る。紳士的と言うのならばそれまでだが、生憎と自分はそういったものが一番信じられない。あの薄皮を剥げば、一体どんな顔を隠していることやら。
「別に気にしなくていいでしょう。明日には、私はジュノの仲間のところに帰るつもりだし。貴方は貴方の活動があるでしょうし。滅多に顔を合わすこともない。深める親交もないわよ」
 特に、貴方のような人とはね。
 心の中で付け加えておく。
「そんなに邪険にされなくても……」
 と。
「ねぇ? ラヴォール村の遺児リズ・アールヴ」
 体温が下がり、息が詰まる。心臓を掴まれた気分だった。初対面からまだ何時間も経過していないのに。
 こちらが剥いでやらなくても、自ら面の皮を剥いだエドガーは、それでも同じ顔をしていた。


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 実はマカイロカも好きです。
 実はなどと付けなくても、バレてそうではありますが。

 未来世界図絵解環で初登場した時、鳥と龍が強すぎたためにそれに対抗するぐらいのキャラとして作ったつもりだったのに、あれよあれよという間に変なキャラになってしまいましたナ。そうなる予感は、最初からあったんですけれどね。そういう意味では、無駄に二人を葛藤させた似非青魔道士の方が強者だったかもしれません。
 親父も息子もラミアも今回は活躍のご予定ありません。【残念です。】

 さて、学者エドガーさんの登場です。
 敵なのか味方なのか、今は多くは語れません。既に四十歳手前のナイスミドルです。徐々に登場人物の年齢が高くなってます。ヤバイっす。ここまで来ると、あとはサザエさん形式しかありません(そうか?)


→ Next.3 異世界への扉

この記事へのコメント

ねこるせ屋
2009年10月13日 10:26
きた!きたよーーーこれで勝つる!
メイン主人公ポジのキャラクタが与り知らない所でリンクするものがたりが大好きです。
あと胡散臭い中年えるばーんとか何それ萌えが有頂天。
とか言ってるとしびさんのことだからきっと途中でとんでもないことになるんだろうなあ・・と穿った見方しか・・w

楽しみに続きをお待ちしてます!
しび
2009年10月14日 12:40
そうやって続編、リンクを重ねると、
また一見さんに敷居が高くなるのですが…

いえ、アテクシも大好きですッwww


>中年えろばん
hahahahaha!
もう次回ではえらいことしてます。

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