0023:FF11小説『とこしえのはなよめ』 4.少女の面影

 涼やかな風が草原を攫ってゆく。
 それに揺られた草花がリズの鼻孔をくすぐって、それで目が冷めた。
「……んれ……ここは……?」
 寝起きで、頭がぼーっとする。思考が上手く働かない。見上げた空は雲ひとつない快晴であり、朝日が東の空に浮かんでいた。基本的に生活リズムの不規則なリズには、こんな時間に目覚めること自体、稀であると言える。
「なんで、私、こんなところで……」
 頬に付いた土を払ううち、だんだんと意識が鮮明になっていった。全てを思い出して、リズはがばりと立ち上がる。
「あンの男、よくも……エドガーッ!」
 残念だが、男の姿は見当たらない。何をされたかすら分からない。
 分からないが、意識は奪われて、このサルタバルタで一晩過ごすことになった。風邪でも引いていたらどうしてくれるつもりだったんだ。そこは、自分の体の頑丈さに感謝する他ないが。すぐ隣では、同じようにしてあのヤグードも寝こけていた。
「ちょっと、起きろ!」
 げしっ、と。少々乱雑にヤグードを蹴り付ける。
 次の瞬間、目にも留まらない素早さで短刀が引き抜かれ、リズの喉元に切っ先が当てられた。即座に両手を頭の上に挙げて、敵意が無いことを見せながら、後退するリズ。
「……起きている」
 丸っきり寝起きのように、無愛想にズー・ブシュが呻いた。
 短刀を下げ、上半身を起こす獣人。
「いいか。もう一度だけ言うが、我はあの女以外の人間はどうでもいいのだ」
「分かった。分かったから、私が悪かったわよ」
 釈然としない面持ちで、リズが呟く。
 しかし、いついかなる時も万全の体制で、有り体に言うと、睡眠を取っているところなど見たことがないのに、こちらが起こすまで寝ていただなんて珍しいこともあるものだ。
「とりあえず、ウィンダスへ戻りましょ。あの中年探し出して、袋叩きよ」
「うむ。よく分からんが、容易い」
 酔い覚ましの散歩の帰り道だ。ウィンダスまでなんてあっという間である。
 リズは息巻きながら、ウィンダス水の区の北と西サルタバルタを繋ぐゲートを潜り抜けた。あんな男にコケにされたことがよっぽど悔しかったのか、すぐ後ろで起こっている異変に気付くこともなく――


 リズの後に続くズー・ブシュは、ウィンダスに入ることを一瞬躊躇った。
 今や、ウィンダスとヤグードの間ではギデアス譲渡と共に不可侵条約が結ばれ、友好的であることをアピールしてはいるものの、それは表向きの話だけである。同じ獣人のゴブリンたちが街を闊歩している姿はよく見かけるし、ヤグードだからとて街に入った瞬間、襲い掛かられることはないだろうが、しかしいい目でも見られないだろう。
(まぁ、女が言う中年とやらを叩く間だけなら問題なかろうか)
 リズはとっくにゲートの向こうへ消えていた。
 ズー・ブシュもそれに続こうとして、ガツンと何かに頭をぶつけて仰け反る。
「なっ……!」
 驚くべきことに、ゲートいっぱいに広がるオレンジ色の魔法陣が障壁となって、ズー・ブシュのウィンダス入場を拒んだのだ。障壁はすぐに消えて目に見えなくなるが、近付いて手を当てるとすぐに可視化された。リズが通り抜けたことを鑑みると、どうやら、獣人は拒むような魔法が仕掛けられているらしい。
「馬鹿な……こんなもの、いつの間に」
 少なくとも昨夜まではなかったはずだ。だが、設置するだけでも、数日は掛かりそうな障壁が現にズー・ブシュの行く手を塞いでいる。
(いや、これは見たことがあるな)
 確かこれはウィンダスのみならず、他の人間の国全てが戦時中に採用していた、獣人や魔物を退けるための結界魔法陣だ。戦時中――つまり、クリスタル戦争のことだが、既に二十年以上も昔の話。今の平和な世には不要と取り払われたはずだが。
「まるで、我が過去へ時間を遡ったかのようだな。ふ、馬鹿馬鹿しい……」
 と、何気に口にしたことで、背筋に悪寒が走った。
 軽い口調を収めることはせず、だが、慎重に辺りを見渡す。誰に対して体裁を保っていたわけでもないが、冷静に対処せねばならない。
 そう考えると、改めて見たサルタバルタ平原は異様な光景といえた。草花は瑞々しさを失い、枯渇への一途を辿り始めていたはずの草原は、心なしか青々としている気がする。些細な違いかもしれないが、少なくとも一晩で訪れるような変化ではない。
 ゲートの傍には、ホルトトの魔法塔が聳え立っていたが、あちこちに見られた壁の風化が一切見られない。ズー・ブシュの記憶では、既に無用の長物であった塔だが、まるで真新しい、今も魔法が稼動中のように見える。
「まさか……まさか、な……ハハ、愚かなり。ズー・ブシュ・ザ・サイレント」
 表情だけは平静に、しかし内心だらだらと冷や汗を流し始めたズー・ブシュの背後、青々とした大きな葉をたくさん付ける木の影から小さな影が飛び出してくる。
「たぁーっ! かくごぉ!」
 一瞬、タルタル族と見紛うかのようなヒューム族の子供だった。木から削りだしただけのお粗末な木刀を上段に構え、飛び掛ってくる。無論、そんなものを喰らってやる理由などどこにもなく、ひらりと突進をかわしたズー・ブシュは、勢い余って通り過ぎ去ろうとするその襟首を掴み、中空へと持ち上げた。
「くそっ、はなせぇ!」
 両手両足をじたばたとさせながら、既にその子供は涙目になっていた。
「なんだ。知らない獣人にいきなり斬りかかってはならんと親に教わらなかったのか」
「うるさいッ! おとうさんもおかあさんもそのじゅうじんにころされたんだ!」
「……まるで、戦災孤児だな。それで敵討ちか」
 確かに客観的に丸くなったとはいえ、それでもズー・ブシュは獣人である。
 シヴィや真龍がこの場にいればどう言ったかはだいたい想像が付くが、ズー・ブシュ個人としては、さっさと親元に送ってやった方が幸せだろうと思うこともあった。年の頃、五、六歳といった感じか。もし他に身内がいないのならば、この先、非常に辛い人生が待っているに違いないのだ。
 生きてさえいればいいこともある――そう言える者はただ単に自分が幸せだからである。
「さて」
 ズー・ブシュはゲートの上を仰ぐ。そこは、自分と真龍の溜まり場でもあった。
「おい、真龍。そこにいないのか! そろそろ飽きたぞ! 何の悪戯だこれは」
 これだけ大掛かりなものである。何か一杯食わすつもりで、裏で女が糸を引き、真龍にこの幻を作らせたに違いない。
 そうだ、これは幻だ。サルタバルタの緑や魔法塔の風化のなさ。そうとしか考えられない。
「女――シヴィも一緒だろう。ほくそ笑んでいるな? いつまでも我を騙し通せると思うなよ!」
 と。
「なによ」
 手の中の子供が舌足らずに言った。ご丁寧な幻だ。
「幻は黙ってろ」
「うちのなまえ、よんどいて。しつれいなじゅうじんね」
「我が口にしたのは、シヴィという女の名だ。貴様のことではない」
「だから、シヴィって、うちのことだもん。なにいってんの、この、とりあたま」
 ラフな服装がそう印象付けるのか、今まで男子だと思ったりしていたのだが、どうも女子のようだった。掴んだままだった襟首を持ち上げ、自分の目の高さにまで持ってくる。改めてよくよく見やる。
「小娘……名は、シヴィというのか」
「だから、そういってんでしょ。おぼえられないの?」
 この憎たらしい口調。
 そして、特徴ある栗色の髪。
 更に、どこかしら面影のあるその丸みを帯びた顔立ち……
 シヴィという名前とて、普遍的ではないにしろ、けして珍しいものではない。よもや、将来冒険者となって、吟遊詩人を生業にする予定なのかなどと聞いたところで、こんな子供に答えられるはずもない。
「ハ、ハハ……そんな馬鹿な。フハハハ、冗談にも程があるぞ……なぁ、真龍」
 おそらくは。
 全く関係ないであろう真龍の名を叫びながら、ズー・ブシュの世界は崩壊した。


「なん、これ……」
 水の区のゲートをくぐり、目の院の横を通り過ぎた頃、リズは絶句した。
 そこはいくつかの水路を挟み、例のレストランが大きく鎮座している広場だったはずだ。だが、今は帆布を用いた白いテントがずらりと軒を並べ、武装したミスラ族の戦士たちが詰めている。中には、酷い負傷を負っている者もいて、さながら野戦病院のようであった。
 広場の左手、そこはよくタルタルの子供たちがじゃれあっている憩いの場所だったのだが、石造りの物々しい見慣れない建物が我が物顔を振り撒いていた。そして、一番無残に思えたのが、水路の中で倒れている無数の木々である。まるで、この水の区で大規模な戦闘がつい最近あったかのよう。
「ちょっと……どうなっているの」
 失意呆然の呟くリズの背中に、どんっと誰かがぶつかってくる。慌てて必要以上に飛び退いてしまったが、相手もまた過剰な反応に少し驚きを見せたようだ。
「あ、わりィ。前方不注意だった」
 エルヴァーン族だった。
「い、いえ……こちらこそ。道の真ん中でぼさっとしてたから。ごめんなさい」
 普段ならそれでさようならの、翌日には記憶の片隅にも残らないやりとりだったはずなのだが。
「あの」
 目の前の異常な光景に、思わずリズはその青年を呼び止める。
「なんだ?」
「あの、ここは……本当に、ウィンダス?」
 多分、頭のおかしな女だと思われただろう。その表情からすぐに読み取れた。
「ああ、ここはウィンダス連邦の水の区だ。つい先日、ヤグード教団軍の急襲を受けたところだ。知らなかったのか?」
「ヤグード教団軍……って」
 それは確か、クリスタル戦争時、ヤグードの部隊を一纏めにそう呼ばれていた時のものだ。
「嘘……そんな、嘘よ。ここは……」
 有り体に言って、門の外のズー・ブシュと同じ様相を見せ、リズは卒倒する。
 そこは、天晶暦八百六十二年。
 戦時中、まさにヤグード教団軍による聖都侵攻を退けた直後のウィンダスの光景が広がっていた。

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 タイムスリップものって、結局こういうのが楽しいんだよねー。

 と、思うしびさんです。こんにちは。

 本当は龍もつれて来てやりたかったんですが、まぁ、ねぇ。面倒くさいことになるしごにょごにょ……
 デュナミスと現世の通路は一万年に一度開いたってハナシだったし、戦時中、彼はずっとデュナミスにいたはずなので。

 まぁ、今回はリズと鳥さんにスポットなので、次何か書く時には、誰かと龍さんってカタチでいきたいと考えてます。

 ところで、シヴィは解放してやるんじゃなかったのかと自分突っ込み中です。
 おばさんは解放してやるんだということで、5秒で折り合いつけました。
 鳥さんにはしばらく若いシヴィ相手に頑張っていただきたい。

 アイヴィスなんてメじゃないぐらい、若いシヴィに鳥さんも心ウキウキだと思います。



 → Next.5 はじまりの刻

この記事へのコメント

dai
2009年10月27日 23:54
シヴィに変態耐性があるのは幼少期でのズーさんとの邂逅があったからか・・・・!と思わず納得して読んでしまいました('~')
しび
2009年10月28日 12:09
おおおぉッ

そういう考え方もあるのですね!!(オイィ?)
へぽ
2009年10月28日 13:45
こういう展開がありえたとは想像だにしていなかったw
ちびシヴィと鳥の今後に期待!
しび
2009年11月03日 10:40
え、割と王道かなと思ったのだけれど!?wwww

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