0048:FF11小説『とこしえのはなよめ』 7.根こそぎ絶つ遺恨

 一方、その頃――
 そうする理由も見当たらなかったが、結局他にすることもなくウィンダスを半日練り歩いたところで、シヴィは大きな溜め息を吐き出した。
「もう。ズー・ブシュの奴、いったい何処へ行ったんだろ……」
 取り急ぎ何か用事があるわけでもないし、あの獣人が何も告げずに数日姿を晦ますなんてこと珍しくもなんともない。ましてや、ここはギデアスに近い。となれば、里帰りしているという可能性も濃厚だ。ヤグードにそんな風習があれば、の話だが。
 水の区のある十字路に入ったところで、ついに心が折れ、足を止める。北へ曲がれば、耳の院が運営する国立魔法学校、このまま西に進めば、水の区の中心街。南は冒険者の施設モグハウスへと通じる。主に足に溜まった疲労がモグハウスの魅惑に負け、セルに連絡して探索打ち切りを宣言しようと思った矢先、前から偶然その彼が近づいてくるのが見えた。
「シヴィ」
「どうだった?」
「サルタバルタ周辺を探ってみたけれど、いなかったね。シヴィのほうは?」
「こっちも全然ダメ。まぁ、よくよく考えてみれば、ヤグードが不用意にウィンダス闊歩しているなんて有り得ないね」
「確かに……」
「もう、いいんじゃない? 数日すれば、けろりとまた帰って来るわよ」
「いつかマムージャを引き連れてきた時みたいにならなきゃいいけど」
 その時だった。
 セルの背後からこちらをじっと見据えている視線に気付いたのは。シヴィの不審な目を追って、セルも振り返る。別段、何か危険なものを感じたわけではなさそうだが、セルがシヴィを庇うように体をずらしたところで、その視線の主が動いた。少なくとも尾行や隠密といった類には不向きの長身、エルヴァーン族だった。
「こんにちは」
 少なくともシヴィより年上に見えた。壮齢の、ナイスミドルと言っていい。面識などないはずだが、その男はどうしてか初対面以上の親しみ――言い換えれば、馴れ馴れしさを以って、挨拶をしてくる。
「シヴィさん、ですね?」
「……そうですけど。貴方は?」
「失礼しました。私の名は、エドガー。この歳になっても、いまいちぱっとしない赤魔道士を続けているしがない者です」
 一定の距離を置いたところで立ち止まり、軽く頭を下げて会釈するエドガー。
 言葉が続く。
「我が師マカイロカが近東にて大変お世話になったと聞き及びまして。是非ともご挨拶にと」
「げっ……アンタ、あの変態親父の関係者なの?」
 そう、口に出してから。
 シヴィはしまったと、慌てて口を押さえる。が、発した言葉は回収すること叶わない。そっと相手の表情を伺うが、それによって男が気分を悪くしたような様子は無かった。師匠が罵倒されて、その涼やかな顔もいかがなものかと思うが――
「いやはや。実を申し上げるとですね。師とは関係なく、私の方は遥か昔から貴女のことを存じておりましたよ」
「……どういう意味よ」
「言葉通りの意味でございます」
 と、にこやかに返答してくる頃には、エドガーと名乗ったこの男のことを全面的に信用できなくなっていた。もう警戒心を隠す必要もない。
「まぁ、ご挨拶に訪れるのが遅すぎたとも言えますね。もう少しうら若き頃に――」
「死にたいの、アンタ?」
 不躾になんてことを言う奴だろう。シヴィが得意とする飛び道具の管楽器を取り出して構えたところ、エドガーは慌てて首を左右に振った。
「おっと、失礼。すみません。つい本音が」
「謝ってないからね、それ」
「私が話すと、色々と誤解を招くようですな」
「誤解じゃないからね、それ」
「先程、師がお世話になったご挨拶にと申し上げましたが、実は折り入ってお願いがあって参りました」
 根気強く突っ込んでみたが、色々と無視されてなんだか泣きたくなってくる。あまりに不憫に感じたのか、セルが軽く頭を二、三度撫でてくれたおかげで落ち着きを取り戻したが、この期に及んでお願いなどというエドガーに対し、顔を顰める。
「お願い……?」
 にやりと。
 唇の端を吊り上げて、エドガーが笑ったような気がした。が、いくらなんでもそれは第一印象の悪さがそうさせた誤認識のようにも見えた。いや、結局は底知れないこの男の不気味さを醸し出すだけのオプションであった。


 剣戟と魔法による轟音、そして断末魔の悲鳴が逆巻く戦場で、リズとヴー・プクゥの硬直状態が続く。
 リズにしてみれば、奴自身や部下に強化を施すヴー・プクゥの呪歌を使わせる気はない。
 ヴー・プクゥにしてみれば、脅威となるリズの戦術魔道書及び、精霊魔法を使わせる気はない。
 互いに、相手が詠唱を始めれば、すぐさま接近して叩き落すことが出来る。が、両者共に近接戦闘は門外漢であり、絶対の自信がない故、真っ向からの勝負は非常にリスキーであることを自認していた。
 魔道士の最大の武器は魔法。その最大の武器に詠唱時間という遅延が存在する以上、相手の行動を見て、行動を決定できる後の先を取ろうとするのは必然とも言える。魔道士同士の戦いはよほどの実力差が無い限り、こうやって硬直、停滞を起こすことは珍しくない。
 リズが願ったのは、今助けたエルヴァーン族赤魔道士エルドラスの戦列復帰だったが、立派なのはむやみやたらに長ったらしい名前だけで、当人は獣人族軍団長を目の前に恐れ戦いている。こいつが上手く動いてくれれば、この状況を打開する策がいくらでも生まれるというのに。
(これだからエルヴァーンは……)
 普段は高尚さ、高潔さを重んじておきながら、いざとなったら腰抜けばかりだ。リズとて種族全てがそうだなんて横暴なことは思っていないが、いざという場面において役に立たない輩の多いこと多いこと。辟易としたくなる。
 先にリズが吹き飛ばしたヤグードの取り巻きたちが立ち上がってくるのが見えた。同じ手は二度も通じないだろう。勢い勇んで飛び込んできたことをようやく後悔し始める。このままでは、自分もエルヴァーンも袋叩きにされておしまいだ。
(なにか……なにか、ないの?)
 この硬直を打破するような何か。
 もうもうと砂煙が舞う向こうでは、未だ多くのアルタナ軍と獣人血盟軍が乱戦を繰り広げているが、彼らにもこちらに加勢する余裕は無いだろう。
 ぐるりと見渡すうち――リズの目はある一点で止まった。止まった、とは表現が生ぬるいかもしれない。釘付けになった。凝視ともいえる。それ以外のものは全てフレームアウトされた。リズの頬が紅潮し、瞳に恍惚の色が浮かぶ。
 ざりっ、と。ヴー・プクゥが何気なく足を擦った瞬間、リズは駆け出していた。何の迷いも無くヴー・プクゥの膝を踏み抜いて、体勢を崩させ、動きを封じるや否や、その脇に滑り込むように目的の白い物体へ到達する。
「取ったァァァーッ!」
 戦場にそぐわないリズの悲鳴とも思しき叫び。
 一抱えもある白い物体はリズに抱き上げられてバタバタと迷惑そうに手足を揺らしていた。頭には、紅色の花を咲かせているその丸いものは、マンドラゴラ――いや、この時代では、リコポディウムと呼ばれるプラントイド種マンドラゴラ族の亜種だった。古くからサルタバルタに住み着く原生種であるが、戦場に迷い込んでしまったのだろう。
「貴様ァ……!」
 ヴー・プクゥの目には、はっきりと怒りの色が浮かんで見えた。が、リコポディウムを手に入れご機嫌のリズには、それも通用しない。
「なによ」
「この私を前に、そんなフザけた行動を取れるのは、さすがにアンタぐらいなものだろうネェ?」
「なんだ、そんなこと」
 そんなことと吐き捨てるリズにヴー・プクゥは目を丸くする。
 リズにとっては分かりきったことだ。
「だって、アンタ、可愛くないんだもの。見なさい、このリコポンをッ!」
 リコポンなどと勝手に省略され、高々と掲げられたリコポディウムはまだバタバタしている。
「ヤバイ、ヤバイわ……私、この時代に来て良かった、かも……」
 うっとりと、リズ。
 刹那、豪腕がリズの右腕を襲う。体ごと吹き飛ばされる強い衝撃に晒されながらも、リズはリコポディウムを離さず、むしろ庇うように体を入れ替えて、背中から落下する。肺を突き抜ける衝撃に、リズは呼吸困難に陥った。
「ふざけたヒュームだこと……貴様のような者は見たこともないワ」
「……なんだ……可愛くないって言われて傷ついた? 事実だし、しょーがないわよね」
「まだ言うか貴様ッ!」
 もはや暗に認めてしまったようなヴー・プクゥの物言い。
「いい……? 世の中、可愛いだけじゃ生きていけないけれど、でも可愛くないと生きていけないのよッ!」
 リコポディウムを逃さないようしっかり抱き締めながら、リズは立ち上がって人差し指をびしっと突き付ける。
「ま、性格ブスのアンタのことだから、どうせ外見だけしか頭に回らないんでしょうけれど。つーか、ヤグードの美的感覚なんて分かりたくもないけど。無論、それは違うと否定させて頂くわ。そう、例えば、この」
 私のように――!
 論調が最高潮に達しようとした瞬間、リズの瞳はオレンジに染まった。僅かに見えたものは、空から降り注ぐ無慈悲な大火球。リズから見て、火球を挟んだその向こう――監視塔の天辺にあのヤグードと小娘の姿も見えた。
「ちょっとォォーッ!」
 叫ぶと同時、形振り構わず、脱兎の如くその場から離れる。半端ない質量のそれはゆったり落下しているとはいえ、のんびりと構えていられるほどでもない。着弾まで、あと数秒。最後の最後まで、一歩でも、半歩でも、そこから離れることがリズの生存確率を引き上げる唯一の手段だった。
 ちなみに、ヴー・プクゥの声にならない声は、直後の爆音に掻き消されていった。


「薄々そうではないのかと疑念を抱いていたが、貴様、阿呆だろう」
 命からがらという表現が非常に似合うリズに対し、ズー・ブシュは無慈悲にもそう言い放った。
「ハァ……アンタに、言われたく、ないわね……」
 ヤグード教団軍神聖戦闘楽団をなんとか退け、アルタナ連合軍が散開して、ようやく静寂を取り戻したサルタバルタ平原。ズー・ブシュが開けた大穴はけして小さなものではなかったが、終わってよくよく見てみると、平原のそこかしこに似たような過去の戦闘の爪跡が確認できた。これでは問題になりようもない。
「貴様は考えが甘いようだから言っておくが。遺恨とは非常に厄介なものなのだ。得てして当人には身に覚えのない、謂れなき理由で命を付け狙われることもある。戦時中であればなおさらなのだ。貴様が手心を加えたせいで、敵がより強大となり、味方に取り返しの付かない被害を及ぼすこともあるだろう。そんな状況に置かれて、可愛いだの可愛くないだの……」
 全ての行動において、そういった感覚は努力するための原動力、原風景になるものであろうに。恋するヤグードのくせにそんなことも分かっていないとは、阿呆はどっちだ――という言葉は寸前で飲み込み、リズは別のことを口にする。
「……敵を倒すために味方を大勢巻き込んで、その味方に牙を剥かれても身に覚えが無いと。アンタはそう言い張るのね」
「遺恨、禍根は根こそぎ絶て。と、女は言っていたが」
 恨むわよ、シヴィ。
 本当にそれを口にしていたとしても、きっともっと別の意味があるに違いないだろうが。
 なんにしても、戦場から救出したリコポディウムと戯れている少女の未来を映して、リズは恨めしげに呟いた。



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 うえーい、約3ヶ月ぶりです。
 作者もすっかり忘れてるんじゃないかという今日この頃。

 ようやく進んでよかったです。いや、話の内容としては進展してませんけれど。
 やはりFF11遊ばずに、FF11の小説を書くなんて無理でしたね気分的に。

 さて。

 当初、リズと鳥さんを過去に遡らせ、ちろっと観光旅行でも。の気分だった「とこしえのはなよめ」ですが……まぁ、どだい無理ということが分かりましたので、1年でも2年でも掛けてのんびり完結させようかと思いました。
 今回の冒頭で、再び現代のシヴィとセルが出てきたのは、つまりそういうことです。あ、とはいえ。重ね重ね。オバサンのシヴィはもうあれやこれや使う気はありませんので…w

 それではまた次回。

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