0104:FF11小説『たそがれのまほら』1. 魔王になる決意

1. 魔王になる決意

 天晶歴七百二十年頃。ここよりやや南西に下った地、デルフラント地方にてロランベリーの栽培が盛んとなり、ジュノ海峡とその周りの集落が俄かに活気付いた。そこから三十年。ジュノは果実収穫と海運で莫大な財力を成すことになり、グィンハム・アイアンハートの残した石碑によれば、七百五十七年には都市国家を形成しつつあったという。
 だが、歴史の年表を紐解くと、ジュノという名の漁村が登場するのは、天晶歴八百四年のこと。現在のジュノ大公国を築いた首長カムラナートが突如として現れたのは、今から約三十年前となる八百五十四年――
 そこから闇の王の侵攻があったり、冒険者の時代が始まったりと、自分たちもよく知る歴史、生きる世界へと繋がるのだが、興味深いのは、一度は財を成し国家へと成長しつつあったジュノが、寂れた寒村へと逆戻りになった五十年の空白だ。
 想像に容易いのは、ロランベリーの価格が暴落したか、今は亡国ともいえるタブナジアに海運の覇権を握られたか。とにかく、悲喜こもごも様々なドラマがあったに違いない。
 いずれにしろ、
「ありがたいことだよね」
 冒険者身分の自分たちがここでこうしていられることに。
 クォン大陸とミンダルシア大陸を結ぶ巨大なヘヴンズブリッジの上に築かれた海上都市ジュノ。螺旋状に築かれたこの都市は、色んな人々の、色んな想いの上で成り立っているということを忘れてはならないのだと――
 朝のお勤め代わりに、国家の成り立ちたる歴史に思いを馳せれば、その日の食事にあり付くことぐらいアルタナ様だって寛容なる心で許してくれるだろう。
「さて」
 そんなところで、お腹が減った。
 お腹が減ったと意識し始めたら、余計に減ったように思えた。赤いタバードの下の腹は背中とくっ付いてしまいそうだ。というか、もうくっ付く。今日の朝食を一緒にとる約束をしていた白い姉がまだ現れない。もう一度、七百二十年の頃のジュノ海峡から思いを馳せればいいのだろうか。そうすれば、白い姉も現れるだろうか。
 朝焼けに包まれるジュノ下層。
 赤魔道士のむつこは今日という始まりの日に行き交う人々をぼんやりと眺めていた。


「お師匠様、捕まえてきましたッ!」
「おう、ごくろ……って」
 ル・ルデの庭、天空回廊の人目につかない片隅。色とりどりの花壇に腰掛けていた召喚士の女が胡乱げに見上げたのは、彼女を師と仰ぐミスラ族の海賊コルセア。身に纏うは暗緑色のコモドアフラック。あの頃に比べると、少しバージョンアップ。
 頼んだのは、モーグリだけだったはずだ。でも、出来損ないの弟子と来たら、どうやったのか知らないが、くすんだ空色のつなぎを身に纏う白髪の老人まで鷲掴みにして来た。
「あのな、暦よ」
「はい?」
 右手にばたばたと暴れるモーグリを抱え、左手でご老体の襟を引き摺りながら、小首を傾げるミスラ族。
「あたしが頼んだのは、ブタだけのはずだが――」
 なんで、オマケがいるのやら。
「今更そのジジイに用は無い」
「えー、お師匠様も昔はゲンカイトッパという奴でさんざお世話になったんでしょー? いわば、お師匠様のお師匠様ですよー。そんなご無体なー」
 などといいつつ、衣服の襟を放し、どさりと老体を地面に落とす暦の扱いもぞんざいだ。「うっ」という小さな呻きが聞こえたものの、本当にどうやったかは知らないが、気を失っているらしい。
「へへへ。六連装ヘキサガンで麻酔弾打ち込んでやりました! さすがのマートさんも麻酔弾六発の前には沈むほかなかったようですねッ!」
「それ、死ぬんじゃないかジジイ」
 もしくは、何か後遺症ぐらい残りそうなものだが。
 何にしてもこの憎き老体を狙撃できるなんて、射撃の腕だけは本当に一流だ。
「まぁ、いいや」
「な、なにクポか! 我輩のこの輝く頭脳が目的なのクポかッ!」
 ブタ――モーグリ。
 正確に言うと、メイジャンモーグリ団ウェポンマスターのオレンジ。
 ある日突然、ル・ルデの庭のオーロラ宮殿奥地に居座るようになった者。クパリカ王国の末裔などと如何わしい触れ込みもあるが、多くの住民にとってマートの茶飲み仲間という認識以上のものはない。やってくる冒険者に対しては、気まぐれに試練を課し、乗り越えた者にはそれなりの恩恵を与えるという、
(とにかく面倒臭いブタ)
 そういうことだ。
 やれ雨降ったときになんとかをたくさん退治して来いだの、やれノートリアスモンスターの皮を剥いで来いだの。角をへし折って来いだの。
 言っておくが、天候待ちは楽しくない。
「おい、ブタ。エンピリアンウェポンよこせ」
 端的にこちらの要求を告げたつもりだが、ウェポンマスター・オレンジには通じなかったようだ。元々丸い目を更に丸くしている。
「そうだな……さしあたって、世界樹の根の下にある三つの泉の名を冠し、真龍ニーズヘッグすら従えるといわれるフヴェルゲルミルだ。あたしでも使えそうだろ」
「あ、はいはーい! じゃあ私はアルマゲドン希望でーす!」
 あの有機的な白いフォルムの銃身が素敵なんですよねーと、どさくさ紛れにうっとり呟くミスラの弟子。
「あ、でもこんなことして大丈夫なんですか?」
「何がだ」
 暦の疑問は今更である。
「シヴィさんにバレたらまた――」
「お前の心配はそっちかよ」
 普通、今この場において懸念すべきは、ジュノ親衛隊のほうであるはずだ。なのに、アトルガン皇国に渡ったままのオバサンの心配をするなんて、やっぱりどこかズレてる。
 と、その時、地面に横たわっていたマートがゆっくりと上半身を起こした。
「……やれやれ。朝っぱらからなんじゃ。お前さんらは。なにやら懐かしい顔ぶれじゃが」
「平気なのか、ジジイ」
 それはそれで驚きなのだが。
 レジストパライズもびっくりだ。
「ワシも歳を取ったのう。あれしきもかわせんとはな」
「射撃の腕だけは一人前だからな」
「酷いですお師匠様。今、だけはを不必要に強調しましたね!」
「本当のことだろ」
 さて、どうしたものか。
 目立つような真似はごめんだ。人目に付くようになる前に決着を付けたい。
 アトルガン皇国から拝借してきた赤銅色の杖、ニルヴァーナを指の先で撫でながら、すっと目を細めた。
「ったく……めんどくせぇなァ……」
 よくよく考えたら既に大勢巻き込んでしまっている。
 そう思えば、今ここで忍ぶことにどんな意味があるのだか。それもまた今更だろう、と。
 召喚士シェリルは唇の端を吊り上げてほくそ笑んだ。


「むちゅこー……」
 何度目かの天晶歴七百二十年へトリップを済ませた折、とぼとぼと、引き摺るような足取りでようやく白い姉が現れた。
 黒い髪は艶やかではあったが、ところどころ撥ねていて、自らの存在感を主張している。
「おねぃちゃん、頭ぼさぼさ!」
「んー……」
 まだ完全には開き切ってはいない目をしばしばさせて、右手で髪を押さえ付ける姉、白魔道士のささめ。
「また寝てないの?」
「そぅー。まったく。もちの奴、全然帰ってこないんだもん」
「義兄さんにも困ったもんだねー」
「……うふふ、帰ってきたらあたしのダークモールが火を吹くじぇえぇ」
 寝惚け半分、鈍器を片手にうっとりと。次の瞬間、肩の関節が外れたようにぶんぶん振り回し、ヘキサストライクの練習を始めた。そうやって、姉はようやく意識をはっきりと覚醒させたようだ。
「――そういえば、もちじゃない方の兄から連絡は?」
「そっちもない」
 もちじゃない方の兄。
 つまりは、ヴィシュヌのことだ。刀馬鹿のことだ。
「もうそろそろ一ヶ月になるねー。何やってんだかねー」
「ねー」
 一度出て行ったら滅多に連絡をよこさない、不精な男どもに思うところが無かったといえば嘘になるが。
 とにかく、朝の始まりである。たとえ、奴らがどこかで野垂れ死んでいたとしても、むつことささめにとって楽しみである朝食を蔑ろにするほどの事態でないのは確かだった。


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やばい、久しぶり過ぎる。このノリwwwwwwwwwww

色々と語りたいことはあるのですが、まぁ、そのうちにそのうちに…

あ。

『未来世界図絵解環』の後の話のつもりではあるのだけれど、
シヴィを出すつもりはありませんので。

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