0105:FF11小説『たそがれのまほら』2. かの人は夢現

2. かの人は夢現

 冒険者という言葉がある。
 ジョブという職種群の総称であって、正確には、職業ですらないだろう。有り体に言ってしまえば、定収入のない根無し草の別称とも言えた。
 そういった意味では、多少の然るべき手順を踏んでしまえさえすれば、誰も彼もが冒険者を名乗ることが出来、サンドリア王国、バストゥーク共和国、ウィンダス連邦の三国のいずれかに所属、それらからなるコンクェストの担い手として、様々なサービス――例えば、モグハウスなどが最たるものだ――を受けることが可能となる。かくして冒険者となった者には、確固たるノルマこそないものの、やはりそれ相応の功績を求められるようになるものだ。
 冒険者という職業ですらない職業は一見、派手のようにも見える。
 曰く、誰も踏み入れることのなかった秘境探検であったり、苛烈な罠が仕掛けられたダンジョンの奥深くに眠る秘宝探索であったり、訪れる先々でふいに芽生える町娘との恋であったり等々。語弊に誇張、様々なロマンを含んで吹聴されていくイメージは、しかし遅かれ早かれ現実に突き当たり、多くは挫折していくのだ。その殆どが命がけのミッションであるにも関わらず、言うほどにもない報酬。なにより不定。
 割に合わないなんて言葉は、まさにこれの為にあるのだろう。
「これ、美味しいねー。むちゅこ、食べないの?」
 ジュノ下層、メリーミンストレル。
 むつことささめの行きつけの店で、元吟遊詩人がマスターをしている酒場兼食事処だ。酒場を前に持ってきたのは、無論夜の顔がメインということであって他意はない。辺りに帳が降りれば、あっという間に店全体が宴会場に豹変する。非合法な賭博さえたまに行われているのはご愛嬌。
 ふたりが挟むテーブルの上には、若干朝食としては重みのある料理が並んでいた。例えば、白い姉が頼んだコカトリスの煮込みとか。
「ぶし兄が好きなん、チキン南蛮だよねー。ちゃんと食べてるのかな」
 そんな話から、コカトリスの煮込みが挙がった。
(結局のところ、才能が絶対とまでは言わないけれど、適正なのよねー世の中って)
 そういった意味では、むつこも目の前でとても幸せそうにコカトリスの煮込みを平らげる白い姉のささめも冒険者としての適正という奴であったり、素質という奴があって、更には、運という奴にも恵まれていたのだろう。
 そうやって、生き馬の目を射抜くようなこの時代に生き残ってきた自分たちだ。様々な艱難辛苦を乗り越えたことにより、時には、家族という概念すら遥かに上回るコミュニティを形成することはままある。
 むつこにとっての姉ささめ。
 ささめにとっての妹むつこ。
 むつことささめにとっての兄ヴィシュ。
 これら三者に血の繋がりは一切ない。それでもむつこがささめを姉と呼んだり、ヴィシュを兄としてよぶのは、任侠的な世界で言うところの兄弟の杯を交わしたからだ。
(いや、そんな大げさなものでもないか)
 苦笑する。
 それは、ただ単に多くの苦楽を共にしたからこそだ。
 いつからかそんな風に呼ぶようになっただけだし、その些細であろうきっかけも今や思い出すことも出来ない。
 薄情だなんて言われるかもしれないけれど、むつこはささめの本名を知らない。ささめとは、おそらくは彼女が冒険者登録をしたときの「通り名」だろう。むつこもまた然り。そして、本名をふたりに知らせた覚えもないし、知らせるつもりもない。
 でも、だからなんだと言うのだ。そんなことで、三人で力を合わせて乗り越えてきた苦難が帳消しになるわけでもない。むつこはこれからも白い姉と放蕩兄貴をフォローする妹でいたいと思うし、ふたりがそう認め続けてくれることを願っている。
 明け透けに言ってしまえば、血の繋がりなんて、そこには不必要なものだ。
「――せめて居場所でも言って来れば良いのにね」
「まったくだねー」
 そうすれば、むつこ特性甘酢漬けコカ肉南蛮でも届けてやることも出来るのだけれど。世の中、リンクシェルなんて便利なものもあるというのに、最近ここから放蕩兄貴の声が聞こえることはない。
(まったく。バカ兄は)
 と、ここまでかっこいいことを言っておいてなんだが、家族の繋がりという意味では、白い姉ささめは既婚者であり、同じエルヴァーン族の放蕩旦那もちやがいる。
 主にこのふたりのせいで男とは全員放蕩なのかという誤った認識を持ってしまいそうだが、自分の周りの特殊な環境だけだとむつこは信じている。ついでに言うと、もちやは放蕩旦那ではなく、変態旦那だ。黒いとんがり帽子のオプチカルハット、露出度の高い紫色のラッパリーハーネスにドラゴンサブリガ。いくら性能がいいからって、あのセンスは壊滅的である。よく姉は許していると思う。
 閑話休題。
 とにかく、そこに血の繋がりはなくとも、ささめには既に旦那がいて自分たちとはまた違った絆を作っている。まぁそこで面倒なのは、もちやがヴィシュを兄と呼ぶかどうかといった――
「おお、美味いなコレ」
 聞き覚えのある男の声がして、むつこの思考が強制的に遮断された。
 むつこから見ると右手、向かいに座るささめから見ると左手。そこには嫌というほど見覚えがあるエルヴァーン族の男が腰掛けていて、テーブルの上のむつことささめの朝食を食らい尽くしているところだった。
「おい待てお前」
「知っているか、むつこさん。シーフには隠れるという特技があって」
「そんなことは聞いてない」
 おねぃちゃんをさんざ心配させやがって――
 引っ手繰るように掴んだもちやの胸倉。むつこの手をやんわりと押さえて、ささめがまぁまぁと嗜める。
「だめだょ、むちゅこ。あたしが先だから」
 うふふ、うふふと黒いオーラを漂わせてダークモールを手に立ち上がる姉。
「いや、おねぃちゃんこそ落ち着いて」
 さっきのヘキサストライクの素振りはただの目覚ましだと思っていたが、目が笑っていない辺りに本気度が窺えた。逆にむつこが嗜める立場になる。肝心のもちやはというと、諸手を挙げて「落ち着けおまいら」などと喚いているが、そのささめの不満――事の重大さを理解していないような口調が火に油といえた。
 挙げ句、
「あれ、もちさん。もう帰ってきたんだ。探し人は見つかったのかにゃ?」
 メリーミンストレルの店員であるところのミスラ族が現れ、燃え盛ろうとしている火の中に重油を注いだ。
「ちょっ……!」
「何の、話?」
 にこりともせず、ささめ。
 さすがのもちやも即座に顔色を変える。変えたところで、数秒後に降りかかるであろう災厄を回避できたのかというと、無論そんなことはなかったのだが。


「――いや、実は俺も何がどうなっているのか分からないのだが」
 制裁が終わって、ただでは済まなかったもちやが事の経緯を語り始める。
 彼は店員のミスラ族からある紙の束を受け取り、一通り食事が終わったテーブルの上に広げて見せた。それは、何の変哲もないただの新聞紙。このジュノに編集部があるというヴァナ・ディールトリビューンだった。ここのマスターが古くから残していたものらしい。
「えっと、どこだったかな」
 二枚、三枚と、もちやが呟きながら紙を繰る。目的の場所が見つかったのだろうか。「あった」と小さく呟いて、再びむつことささめに見えるようにテーブルの上に置いた。
「え……」
「お……」
 ふたりの口から同時に言葉が漏れる。特に意味のない呟き。もちやが示したページにあったのは、まさにふたりの兄である侍ヴィシュを伝説の剣豪として取り上げている記事だった。本人を写した写真まで掲載されている。
「で、ででで、伝説の剣豪だってアッハッハッハッ!」
「いやまじで? なにこれッ!」
 剣の腕は確かな兄だ。剣の道一筋の兄であるのも確かだ。でも、それがわざわざ全国紙に取り上げられ、伝説の剣豪などと銘打たれるほど功績を残したのかというと、残念ながらまだまだその域には達していない。
 ――と思う。
「ぶし兄が伝説の剣豪だなんてよく口癖のように言ってるけれど、それってむちゅこが言う伝説の傭兵時代と同じだよねー」
「おねぃちゃん……本当信じてないんだね……」
「自慢じゃないが俺も信じてないぞ」
 まぁ。
 それならそれでもいいけれど。
「同名の別人じゃないのコレ?」
「――と、俺も最初は思ったんだけどなー」
 もちやの指が指し示す先。
 ヴィシュの写真の隅っこだったのだが、そこには見知った顔が他にもいた。ヒューム族の金髪髭面黒魔道士のやぱさんであったり、茶褐色の髪を後ろ手に結んでいるヒューム族のさとこさんであったり。むつこもささめも世話になった仲間が多数写り込んでいる。
 なんだか写真が鮮明ではないけれど、おそらく間違いない。
「で、極め付けにおかしいのは、見ろ。このトリビューンの日付」
 更にもちやが指し示したのは、新聞紙の隅っこ。発行年月日だった。
 そして、それを見れば、何がおかしいのかわざわざ言われなくたってもう分かってしまう。

 『天晶暦八百六十三年七月某日』
 
 それは、むつこが再三繰り返したジュノの歴史ほど昔ではなかったけれど。
 今から二十年前である。
「ぇ、ぶし兄って、二十年前の人なの?」
「いや、おねぃちゃん違うから」
 その年、その月は、少しでもヴァナ・ディールの歴史をかじれば、すぐに心当たりに行き着く。
 クリスタル戦争、またの名を水晶大戦。その終盤、アルタナ軍に勝利をもたらす転機となった大規模な戦闘、ズヴァール城攻囲戦があった年月。
 その新聞記事は――
 ズヴァール城の攻防にて戦死、または行方不明になった者たちを称える、そんな記事だった。

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