0107:FF11小説『たそがれのまほら』3. 異世界の呼び声

3. 異世界の呼び声

 それは大戦後、二十数年の時を経た今でも語り草となっている。
 アルタナ連合軍最強の教導団部隊、ハイドラ戦隊。
 結成は、天晶暦八百六十二年十一の月。翌年八の月失踪。
 教導団とは、主に軍部における兵の教育を担う部隊であり、極めて優秀な人材で編成されるもので、多頭龍ハイドラをシンボルモチーフに抱いた彼らもその例外ではなく、また実戦においても圧倒的な戦力を誇ったといわれている。
 そんな彼らは大戦末期、ズヴァール城攻囲戦の折、獣人軍最精鋭部隊フォーローン・バンガードと、デーモン族の親衛隊ダークキンドレットと共に忽然と戦場から姿を消し、それ以降、歴史の表舞台に表れることはなかった。
「――というのが、大衆レベルの認識なんだけど」
 混乱する頭を整理する意味で呟いてみるむつこだったが、それで新聞記事の何が変わるわけでもなく。
 食い入るように隅から隅へ、目を走らせたところで、兄とその仲間たちが今から二十年前の世界――ハイドラ戦隊として失踪したというヴァナ・ディールトリビューンに変わりはなかった。
「ねぇ、もしかして」
「ああ、実は俺も同じことを考えていた」
「私たち、デュナミスでぶし兄と戦ったりしてないよね……?」
 その話には続きがある。
 獣人の精鋭部隊と共に姿を消したハイドラ戦隊は夢魔ディアボロスの手引きにより、朧なる世界デュナミスへと導かれ魂を囚われたのだ。完全に現世と隔離され、帰る術を失った彼らは死ぬことさえ許されず、今も延々と目的のない戦い続けているという――
「待って。デュナミスはいいよ。なんであのバカ兄が二十年前にいるのって話が先」
 ハイドラ戦隊に入隊した。デュナミスに囚われた――かもしれない。突き詰めれば、それらは結果であり、言ってしまえば、瑣末なこと。
 何故か、二十年前の戦時中に存在しているバカ兄。そっちのほうがよっぽど問題だ。
「ん? そぅいえば。さっきミスラの子が言ってたよね。探し人は見つかったのって」
「いや、まぁ……」
 思い出したようにささめが口にすると、もちやがあからさまに顔色を変えた。歯切れの悪い言葉は何かを誤魔化そうという意図がありありと見て取れる。
「一足先にこの記事を見せてもらって、びしゅさん探してたのは確かなんだけど……」
「なんだけど?」
「うむ、確かだ」
 言葉尻を取り上げられて、しまったと顔を顰めたもちやは即座に言い直すも、それを聞き逃すむつことささめではなかった。にゅっとテーブルの下から姿を覗かせるダークモールの切っ先を見て、苦虫を噛み潰すようにぼそぼそと後を続ける。
「まぁ、ちょっと前から界隈を賑わしている禁断の口が関係してるのかな、とか」
「禁断の?」
「口……?」


 もちやが言葉にした禁断の口。
 そのひとつがバタリアの北西部にあるという。朝食もそこそこにジュノ上層、工房橋から鉛色の寒空が覆う丘陵へと足を踏み入れる三人。時折吹き付ける強い潮風に身を竦めながら、もちやの先導で北を目指す。
「うぅ……さぶっ」
「風邪引くといけないので帰ろうか」
 出立のときから後ろ向きなもちやが親身な振りをして提案を持ち掛ける。それがなおのこと、怪しいといわざるを得ない状況に追い込まれているのを分かっているのだろうか。
 というか、三人の中で誰が真っ先に風邪を引くかという話であれば、わざわざ口にするまでもないと思うのだが。
「禁断の口って、どこかで聞いたことあると思ってたんだけど。クリスタル戦争当時にも世界各地に現れてたっていう不気味な門の名前だよね」
「そうなの? さすがむちゅこ、博識だね」
「いやいや、おねぃちゃん。それほどでもあるよー」
「何のコメディだ。お前ら」
「恰好がコメディの義兄には言われたくないし」
「そんなに褒めるなよ」
「褒めてない」
「こめでぃー……」
 快晴とは言えずとも辺りは穏やかである。バタリアには、獣人ゴブリン族や剣虎族が主に生息しているが、今のところ遭遇することもなく順調に北上を続けていた。軽い調査と様子見のノリで、大した準備もなくジュノを飛び出してしまったが、フォルガンディ地方とを隔てる雪化粧のアシャク山脈が近付くにつれ、何かえも言われぬ不安に駆られるようになる。
(そもそも、もちやは何を躊躇ってるの?)
 姉の手前、強くは追求できなかったけれど、そこに触れないまま、ここまで来てよかったのか――
 今更ではあるが、そんな思いが過ぎった。
「いないといいんだけどな……」
 ぼそりと。
 ふたりに聞こえるか否か、もちやの呟きが風に紛れた瞬間のことだった。
「ちッ……また来たのかよ」
 何をさておき。
 それがもちやの躊躇った理由であり、いないといいと願った対象であることは間違いないと悟った。
 切り立った崖――というよりは、もはや岩肌といっていい場所で、こちらを見下しているヒューム族の女性がいたのだ。彼女は長い杖を抱き込むようにして、比較的なだらかに見える箇所に腰掛けていた。膝を立て、肘を乗せ、そして、胡乱な表情で。
「もちやには来んなって警告しておいたはずなんだがな……あたしの言い方が悪かったか?」
「あ、シェリ姐! 久しぶりぃー」
 シェリ姐――シェリル。
 顔見知りと言い切ってしまうには水臭い感じがするところの召喚士。これまでにも色々な場面で世話したり世話されたり世話したり世話したり、按分率で言えば、八割方こちらが世話していると言い切ってやる仲間だ。でも、今、呑気に手を振る姉ほどにあっけらかんとはなれなかった。
(なんなの。この雰囲気)
 それがシェリルから発せられているものなのか。
 それとも、ただ単にアシャク山脈から吹き付ける冷気のせいなのか。
「力尽くじゃあダメってことか」
 一縷の不安が染み込むようにじわじわと広がっていく。
「――分かった、もちや。お前にはミスラを紹介してやる」
「マジで!」
「ああ、マジだ。なんなら、南方オルジリア大陸ガ・ナボ大王国のネイティブなミスラでもいいぞ。だから手を引け」
「おっけー。じゃあ俺は帰るわ!」
「待てコラ」
 本当に踵を返すミスラ好きもちやの首を掴んで引き戻すむつこ。姉が機嫌を損ねる前になんとかしないと。
 それを見て、シェリルの視線は次にむつこに向けられる。
「むっちゃんもだ。ああ、あれだ。今度、両手斧のエンピリアルウェポンやるから。拾ったんだが。モグハウスに飾ってるブラビューラのようなレプリカじゃない。本物だぜ?」
「……レプリカじゃねっつーの」
 本当に信じてもらえていないようで、それに関して強く言うつもりはないけれど。小耳には挟んだこともある伝説の武器エンピリアンウェポンを拾ったとか、そっちの方が意味が分からない。
「シェリ姐、シェリ姐! 私には、私には!」
 はいはいと、右手を挙げて自らを強調するささめを見やり、シェリルは若干逡巡したようだった。
「ささめには、ミルフィーユ」
「ぇー、それだけ?」
「――が美味しく出来た谷間の姫百合」
「おっけえぇ、帰ります!」
 旦那と同じく、くるりと踵を返す姉の襟首を掴んで引き戻すむつこ。ハイクオリティ品だろうがなんだろうが、安すぎやしないか。姉よ。
「もちやもシェリ姐もそうだけどさぁ」
 頭を抱えながら、むつこが呻く。
「何を隠そうとしているの」
 それが、逆鱗だったのかどうか、後から考えても分かることではないが。
「……つまり、一歩も引くつもりはねぇ。そういう理解でいいのか?」
 蒼い水晶玉を抱える杖の切っ先をガツンと地面に突き立て、のそりと岩肌の上に立ち上がるシェリル。
 答える気もなければ、この先を通す気もない。
 それが彼女の最後通告だった。

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