0108:FF11小説『たそがれのまほら』4. 神々の尖兵

4. 神々の尖兵

「――邪魔だ。面倒臭いことになる前にジュノに帰って大人しくしてろ」
 シェリルが静かに吠える。
 一度は突き立てた両手棍を抜き去り、大仰に振り回しながら岩肌を飛び降りてきた。進路に立ち塞がった彼女はもうそれだけでこの先へは進ませないという意思を体現している。
 立ち塞がるシェリルが仲間だからということもあるだろうが、それに加えて、ネイティブなミスラと谷間の姫百合に魅せられた夫婦は既に消極的でジュノ帰還の構え。
 それより以前に、旦那に女の子を紹介すると言われているのだぞ。そこはもっと怒れ。姉よ。
 と、
(あれ?)
 今一度シェリルが口にした言葉を一言一句思い返す。
 彼女は「ネイティブなミスラ」とは言ったが、「女性」とは言っていないことに気が付いた。種族的にかなりレアなミスラの男の子を紹介するつもりかもしれない。わざわざ本国が挙げられたのだ。その可能性もけして低くはない。そして、姉はそこまで読んでいるのかもしれない。
(お、それはそれで私が嬉しいな)
 とにかく、一見して、彼女にとって何の利益もない口約束。
 とても理にかなうものではない。
「残念だけど――」
 腰に下げた片手剣の鞘を引き上げ、むつこは声高々に宣言する。
「俄然興味出てきた!」
「そうかよ。じゃあ、それこそ残念だな」
 召喚士。
 その響きからシェリルを判断しては、十中八九痛い目を見る。
 魔道士だから、後衛だから――前線に出てこない、武器を振るわない、なんてことはない。特に彼女の場合。その証左があれ。魔力増幅装置として見るからに能力の高そうな杖を惜しげもなく振り回していること。もはや近接戦闘を好み、敵を殴りつける鈍器として使用する気満々だ。
 そして、その八割、九割の予想通り、両手棍を担いだ彼女はばさばさとローブを靡かせながら、一足飛びにむつこの傍まで飛び掛ってくる。殺気を存分に纏った鈍器の振り下ろしに一切の手加減がないことが伺えた。これで腕力までが人並み以上ならば厄介な話ではあるが、そこは悲しいかな、月並みの魔道士レベル。左腕に装備していたバックラーを頭上にかざし、容易く真横へ往なす。
 そちらがその気なら、こちらだって容赦しない。
「紫電よ――ッ!」
 言葉に力を込め、剣の柄にかけた右手にも力を込めた。鞘走りに呼応する魔法。
 引き抜いた刀身には眩いばかりの雷撃が纏わり付いており、その勢いのまま斬り上げる。鈍器の一撃を防がれた時点で飛び退こうとしていたシェリルを追って、そのローブの裾――かなり大きな範囲を掠め、焼き焦がすエンサンダーの紫電。
「うわ、むちゅこ酷い」
「むつこさん大人気ない」
 とは、背後の夫婦。
「そこ、うっさい」
 少し距離を置いて着地したシェリルは焦げた裾を静かに見下ろす。なるだけ平静を装ってはいるものの、眉尻がぴくぴくと痙攣している様は見逃さなかった。それが一張羅というわけではないだろうが、それでも彼女にとって、冒険者としての装束を容易く傷付けられることは看過出来ない事態だろう。
(そりゃ私だってそうだけど)
 お気に入りの朱のタバードを破かれた日には、相手を滅するまで気が収まらない。
「残念だ、むっちゃん。残念だよ……」
 震えるような声をぎりぎりと絞り出すシェリル。眉の他、喉の奥まで引き攣っている。
 うん、認めよう。
 思いの外、やりすぎたみたいだ。
「あのね、シェリ姐? やっぱりあれよ。冒険者たる者、傷の数はむしろ勲章じゃないかな。うん、少なくとも私はそー思う」
「へー」
 とりあえず自分の思いは棚上げにして言ってみた。
「それにね? 防具だってファッションじゃないんだし、第一に実用性を見るべきで。そこはしょうがないんじゃないかな。うん、少なくとも私はそー思う」
「へー」
 紫電が掠めた後、服丸ごとに燃え移らなかったのは、シェリルが纏うローブが耐火性に優れていたからだ。
 というか、表情はあくまでも平淡に、一文字しか喋らない彼女が怖い。
 ――なんて思っていると。
「止めだ」
 顔を歪め、感情を露わに吐き捨てた。
「ぉ?」
 仲間同士、戦うのは不毛だから止めにしようということか。
 意外に話の――
「ジュノに帰すのは止めだ。ミスラもミルフィーユも保留だ。いいからまずは洋服代を置いていけ。話はそれからだ」
 分からない奴だった。しかも、割と狭量だ。
 背後のもちやとささめが一斉にブーイングを上げる。
 むつこはそんな彼らを振り返り、親指と人差し指をくっ付けてお金のサインを送ってみた。もちやとささめは同時に首を横に振る。それをきっちりと見届けた上で、シェリルのほうを向き直り、肩を竦めて小首を傾げるむつこ。
「テメェら、その場でジャンプしてみろや――ッ!」
「ごめん、竜騎士じゃないんで!」
 ブチッ、と。
 何かは分からなかったけれど、明確に何かがシェリルの頭の辺りで弾け飛ぶ音がした。ような気がした。
「久々アタマに来たなぁ……」
「私の印象では、シェリ姐、そんな沸点高くはないんだけど……」
 次の瞬間、
「ったく……剣豪といい、さとこといい、やっぱーといい、めんどくくせぇ奴らだなァ!」
 はっきりと。
 彼女は一番知りたかった者たちの名前を口にする。
「やっぱ、何か知ってるんだねシェリ姐!」
 うっせぇと一喝した上で、両手棍を構え直すシェリル。杖先に抱く蒼い水晶が怪しく光を放ち始め、封じられしスキルが開放されようとしていた。
「入手したてのエンピリアンウェポン・フヴェルゲルミルだ。手加減なんてできねーし、どうなるかしらねぇぜ?」
「ちょお、本気――ッ?」
「今更怖気づいたっておせぇよ!」
 凶悪な笑みを浮かべ、シェリル。
 フヴェルゲルミルと呼ばれた杖から溢れ出る光輝がますます強くなり、直視していられなくなる。
 その光が三人に向かって襲い掛かる――
「え?」
 わけでもなく。
 最高潮に達した光はシェリルの身体を優しく包み込んで、もう一度ふわっと光を強めてから弾けて消えた。
「……ふむ」
 と、小さく呟いたのはもちやだったかもしれないが。
 四人の間をアシャク山脈からの冷気だけが吹き抜けて、あとはただひたすらの沈黙。
 肝心のシェリルは。
 フヴェルゲルミルとやらを見下ろし。
 ぶんぶんと上下に何度か振って。
 それでもうんともすんとも言わなくなったそれを地面に叩きつけ。
「暦イイイイイイイイイィィィィィィ――ッ!」
 今までで最大の声量を以って、相棒の名前を叫ぶ。
 すると、元々シェリルがいた岩肌の辺りからぴょこりと暗緑色のフラックを纏ったミスラが現れた。
「あー。こよみぃーひさしぶりー」
「ささめさん、お久しぶりですっ!」
 頼むから、姉よ。今この場において敵対している相手と朗らかな挨拶を交わさないで欲しい。
 やり辛くなるから。
「ブタを出せブタを――ッ!」
「は、はいぃぃ!」
 別に暦が悪いわけではないと思うのだが、叱責された彼女は慌てて岩肌の影からむんずと何かを掴んで取り出した。ブタの呼び名で大体の予想はついたが、まぁ予想通り。モーグリだった。しかも、ただのモーグリではない。ル・ルデの庭に鎮座していたはずのメイジャン・モーグリ。
 その頭部のぼんぼりを鷲掴みに引きずり出す彼女の無邪気さには触れないでおこう。
「おいこらブタァッ! なんだこの不良品はよッ!」
「ふ、不良品とは心外クポ!」
「不良品じゃなきゃ粗悪品だろうがッ! ウェポンスキルが発動しねぇぞ!」
「フヴェルゲルミルに封じられたスキルの名はミルキル――敵に害を成すためのものではなく、使用者を癒すためのものクポよ!」
「なッ……先に言えよ!」
「言ったクポ! 使えば分かるって聞かなかったのはそっちクポ!」
 バチバチと、シェリルとモーグリの間に激しい火花が散り始める。
(なんであの人、モーグリを携帯してるのよ)
 もはや、何でもアリか。あの召喚士は。
 いつの間にやら、シェリル対むつこがシェリル対モーグリに摩り替わっていて、こっそり先に進むなら今がチャンスと思った矢先のこと。風は強くとも天候そのものは悪くはなかった空が一変、暗黒の雲に覆われて、
「な、に……?」
 ざぐん、ざぐんと。
 シェリルとむつこたちの間を、また、シェリルとモーグリの間を隔てるように、ふたつの長大武器が空から降り注ぎ、耳を劈く地響きと共に容赦なく地面に突き刺さる。
「け、剣なのか……?」
 さすがの異常事態に目を白黒させながら、もちや。
 でも、確かに剣だった。赤銅色をして、若干の光沢を持ち、それでいて、エルヴァーンの身長など遥かに上回る巨大なだんびらを剣と呼ぶのであれば、の話であるが。
 それらが降り注いだ先――空を視線で追うと、一瞬前までは何もなかったはずの曇り空の中、ぽつんと浮ぶ異形の物体があった。地面に突き刺さった鎌と同じ色をした人型で、遠目に見ても相当に大きい。
 異形と思ったのはどうしてだろう――
 あえて言うのなら、ジラート文明の痕跡を残す遺跡を守るアルカナ類ドール族に似てなくもないが、それでもあれが放つ有機的な禍々しい邪気はあんな無機物にはない。少なくとも、このヴァナ・ディールという世界のどこを見渡しても、あんな魔法生物はどこにも存在しないから、か。
「ちッ……よりにもよって、カトゥラエかよ……」
 シェリルが絶望的に呻くのをどこか上の空で聞く。
 アルカナ類カトゥラエ族。
 それぞれが古代の児戯チャトランガの駒の名を冠し、天上の神なる指し手を示唆する存在。
 アルタナ様にしても、プロマシアにしても、神去りしこの世界において、これほど馬鹿馬鹿しい存在はないだろうと、むつこは見上げながらそう思った。

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