0112:FF11小説『たそがれのまほら』8. 幕間 ~ ウォーク・オブ・エコーズ

 この人はどこまでいっても不機嫌そうだ。
 なんて口にすると、また怒られそうなので、ささめはとにかくその言葉を飲み込んだ。
「――魂の牢獄デュナミス、虚ろなる闇プロミヴォン、既に滅んだとされていた楽園の扉トゥー・リア、真世界アル・タユ、世界の終わりに来る者に滅ぼされる異世界アビセア……それら、白と黒に彩られた無数の世界が、あたしらが存在する世界ヴァナ・ディールを侵食しているんだよ」
 重力に逆らって、ふわり、ふわりと宙を浮きながら、召喚士シェリルがまさに不機嫌そうに、または面倒臭そうに吐き捨てる。ちょっと気を緩めて、シェリ姐はいつもシェリ姐だなーなんて思考が逸れた隙に、話が全く分からなくなっていた。ささめにも過去、デュナミスやプロミヴォンという退廃的な世界に潜り込んだことはあったけれど、楽園の扉とか真世界とか滅ぼされた世界とか、もはやお前は何を言っているんだ状態。全く分からない。心当たりがない。
「世界はバランスを取ることを放棄している。このまま緩やかに死に絶えようとしているんだ。世界が終末に近付けば、人々の心はありもしない救いを求めて更に無防備になり、虚ろを呼び込む。呼び込まれた虚ろは瞬く間に蔓延し、滅びは加速する――」
 だからといって、彼女が待ってくれるわけもなく矢継ぎ早に言葉が飛び出してくる。
「その虚ろなる滅びは時空のねじれを呼び起こし、時間と空間の概念を消失させる。すぐそこにいた人間がある日突然、過去の世界にねじ込まれるなんて話は珍しいことじゃなくなってんだ」
 そこでようやく一息。彼女を見上げると、「分かるか?」という表情をされていた。とりあえず笑ってみて、曖昧に受け流そうとしても駄目だった。
「んー……あー……うん?」
 というわけで、曖昧な相槌を打って、曖昧に隣の旦那に振ってみた。
「三行で」
 無論、旦那とて万能ではないため、曖昧な話を曖昧に振っては曖昧な回答しか引き出せない。
(そりゃ、当たり前だよねー……)
 で、中空のシェリ姐は同じ抑揚のまま呟いた。
「ささめはホントいつものささめだな……」
「シェリ姐もいつものシェリ姐だよねー」
「ささ。念のために言うが、シェリ姐は褒めてないと思うぞ」
「えぇー……?」
 褒められたと思ったから言ったのに、なんだか損した気分だ。
「当然お前も一緒くただ。もちや」
「マジか。ひどくね、しぇりこさん」
 というか、さっきから疑問だったのだが、どうしてシェリ姐は宙を浮いているのだろう。いや、浮いていられるのだろうか。そもそもが――ここはどこなのだ。
 一言で言えば、見たこともない不思議世界だった。
 空を含む、前後左右、更には足の下に広がる大空間は、夕闇より遥かに暗い藍色と紫色に塗り込められていて、じっと見つめていると目が痛くなってくる。眼球取り出してじゃぶじゃぶ水洗いしたい、纏わり付くような粘着質の気持ち悪さに見舞われる。
 どういうわけか、自分たちは今、そんな不快な大空間の中に浮ぶ石の回廊の上にぽつんと取り残されるような形で立っていた。ここが一寸前まで居たはずのバタリア丘陵だとはとても思えない。
「好き勝手やりたい放題の人間種族に愛想つかせた世界がお前ら滅ぼすわって言ってんだよ」
「えー。横暴ですよー。世界はそこに住むみんなのものじゃないですかー」
 とは、シェリ姐と同じように宙に浮いて、しかも泳いでいるミスラ族の暦。
「さっき戦ったでっけぇ魔法生物はカトゥエラといってな。人間を滅するために世界――有り体に言うと、神サマとやらが差し向けたアビセアンだよ」
「女神アルタナ様はそんなことしませんっ!」
「だから、アルタナじゃねぇ。世界だっつってんだろ」
「シェリ姐の言うことは曖昧というか、抽象的だねー」
「ああ、あたしだって馬鹿なこと言ってるって、自分で思ってるわ」
 とうとう中空で身を投げたシェリ姐は頭の後ろで手を組んで寝そべり始めた。
「だいたいこの引き金を引いたのは、あのオバハンってのが気にくわねぇ。なんで、あたしらが尻拭いのようなことしなきゃなんねーんだっつーハナシだ」
「オバハン?」
 旦那が怪訝そうな声を上げる。
 シェリ姐は口にするのも気分悪いという面持ちで、
「お前らだって知ってるだろ、シヴィのことだよ! さんざやらかして結果、世界の特異点になったと思いきや、さっさと近東に逃げやがって。今度会ったらぶん殴ってやる」
「おぉー。ままかぁ。元気してるかなー」
 思いもよらなかった懐かしい名前に思わず感嘆を上げてしまった。
「そいえば、こないだシヴィさんから手紙届いてましたよー。こないだ、お師匠様のお師匠様のガッサドさんに頼んで、アルザビウーツ鋼を砕いてまぶした管楽器が完成したって。管楽器ウェポンスキル編み出す気みたいですよー」
「どんどん吟遊詩人じゃなくなってんな。つーか、ガッサドはオートマトン技師だろ。なにやってんだよ……」
 あたしゃもう知らんわと吐き捨てるように呟いて、ごろりと寝返りを打ったシェリ姐はその体勢のまま、本格的に居眠りを始めたらしい。
「というか」
 ウォーク・オブ・エコーズ――
 眠りについたシェリ姐の代わりに暦が教えてくれたこの不可思議な大空間の名前。
「あたしたち、こっから出られるの……?」

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